新四国相馬霊場第47番と第79番







 米の井の龍禅寺境内の三仏堂(国重文)
 御本尊、釈迦如来座像、阿弥陀如来座像、
       弥勒菩薩座像の三仏、
 創建、延長二年(924)伝誉大阿闇梨。
 移し寺、愛媛県熊野山八坂寺
 ご詠歌、花を見て歌詠む人は八坂寺
          三仏じょうのえんとこそきけ


 三仏堂は「国指定重要文化財」
 三仏像は、一本の一木三体彫りだそうです。
 運慶作と言うが、運慶家含み疑問です。


 承平七年(937)平将門により修繕し仁王門を併設した、後に仁王門は倒壊した為に、金剛力士像の2体の仁王は本堂に祀られている。

 三仏とは過去の釈迦如来、現在の阿弥陀如来、未来の弥勒菩薩を言います。
 三仏堂と三仏像は、将門(?)に慕われ、源頼朝に守られ、千葉常胤に保存維持を受け、徳川家康から19石のご朱印を受けてきました。
 但し、堂がいつでも開帳している訳ではないので見るには、盆休みかお彼岸に問いあわせてみる必要があります。

 近くに「桔梗塚」がある、平将門の愛妾、桔梗御前は将門の死を知り三仏堂へ行く途中に殺害されたと言うが「桔梗沼」の伝説もあり桔梗御前の死については???
 ここの桔梗は花が咲かないという、桔梗は薬草として使用の際、花を摘むので薬用種として知られていた。









 米の井の米井山(べいせいざん)龍禅寺
 米井山無量寿院龍禅寺
 御本尊、阿弥陀如来立像、脇侍に十一面観音と地蔵菩薩
 移し寺、香川県金華山高照院、もと天皇寺
 ご詠歌、十楽の浮世の中をたずぬべし 天皇さえもさすらいぞある



右が本堂、左が七十九番です。更に左に三仏堂があります。

龍禅寺本尊の阿弥陀如来は建久三年(1192)頃の作、山号の米井山は平将門の伝説に由来します。
≪伝承≫
承平七年に、将門が武運長久祈願の為に三仏堂に詣でました、すると、堂前の井戸から水が滝のような形で噴き上げました。
水はさらに米になって吹き上げたそうです。




 

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