新四国相馬霊場第35番と第40番





 薬師堂はない、
御本尊、薬師如来
移し寺、高知県医王山清瀧寺
ご詠歌、澄む水を汲めば心の清瀧寺 波の花散る岩の羽衣











  屋号、利兵衛(海老原)個人所有の札所堂です。
稲には城の名のつく地名が残っていた、現在も屋号として一部ある。
    城の内、現在の札所三十五番の辺り
    城の台、現在の札所五十六番の辺り
    古戸城、江戸川学園のふれあい道路辺りに城郭があったと言う。
    馬場山?現在の地図上に山のような地形跡がない、
    城山  現在の札所五十七番辺り、
雁金山の合戦 に「稲村の陣屋より蛯原但馬」という名が出てくる、
稲城主、高井十郎の家臣であったと言う。










稲村山連竹院薬王寺(廃寺)、
御本尊、薬師瑠璃光如来
移し寺、愛媛県平城山観自在寺
ご詠歌、心願や自在の春に花咲きて 浮世のがれて住むやけだもの






 本尊が大覚世尊(お釈迦さまの敬称)であるとも言われる。
寺は、寺子屋で守谷の西林寺の末寺であったため、天台宗の僧が師となって教えていた。後に稲戸井村尋常小学校稲分教場となりました。

 薬王寺は二度に渡る連続火災で焼失、再建不能で桑原の光明寺に移った。

 稲村山連竹院、この辺り竹林が多い、又札所が集中して数多い、昔はお遍路さんの宿もあって春先はとても賑わっていたそうですが、その面影は現在ありません。
 2003年現在、薬王寺の存在を証明する事実の石塔を廃棄している、
 境内の無患子(むくろじ、羽子板の珠になる実をつける)だけが、薬王寺の複雑な歴史をみてきたが立枯れ平成30年伐採された。





 

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