新四国相馬霊場第46番






井野の阿弥陀堂、或いは弥陀堂
ご本尊、阿弥陀如来
花輪城跡地
移し寺、愛媛県医王山浄瑠璃寺
ご詠歌、極楽の浄瑠璃世界たくらえば 受くる苦楽は報いならまし








 綾部時平は、文暦(1235)年代に花輪城の館を建てました。
 綾部と、稲の山崎は戦友で共に取手の郷士となります。
 晩年、息子の平内左衛門に花輪城を譲り、大鹿に砦を造り、大鹿城に居城しました、しかし、永禄四年(1561)、小文間城主の一色宮内の不意打ちを受け落城してしまいました、雁金山の合戦をご参照下さい。
 取手の名の起源が、ここにあります。

 昔の地名「井野」は井野台となりましたが、ここサクラ公園は広大な桜花の名勝地でした。
 現在ではマンションの建設により縮小されましたが取手では桜の名所です。すぐ下を常磐線が走っています。

雁金山の合戦





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