相馬霊場第4,10,20,31,61番

 新四国相馬霊場第4番




  台宿の不動院
御本尊、大聖不動明王
移し寺、徳島県黒嶽山(こくがくさん)大日寺
御詠歌、眺むれば月白砂の夜半なれや
    ただ黒谷に墨染めの袖
 

宿



 江戸田山不動院、法泉寺の末寺(廃寺)子受け不動と言われていた、御開帳は一月二十八日
 ある時ここの本尊を盗んだ悪人は始末に困り畑にふてたと言う、ところが夜になるとその畑は金色に輝き出し村人は不思議におもい畑を調べ本尊を見つけて無事、本堂に返されたと言う。

「取出」と彫られた石仏が取手駅方面に向かって 10m先右側路地入口駐車場内の堂内にあります。



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 新四国相馬霊場第10番




台宿の観音堂
御本尊、十一面観音菩薩
移し寺、徳島県得度山切幡寺
ご詠歌、欲心を唯一すじに切幡寺
    後の世までの障りとぞなる

宿





4番から10m先吉田方面

 大師堂西側の手前には古い馬頭観音像があり寛文十一年六月(1671)と刻まれている。
 隣の手水鉢は昭和十五年奉納である。
 取手八景と言われる内の一つ、観音堂の夜雨、
 洗心静思(せんしんせいし、心の汚れを洗い清め心静かに思う)の仏事にて、雨の夜のことに浮世の心を忘れする清い所なり、と選ばれた地でした。


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 新四国相馬霊場第20番



廿
  井野の地蔵堂
御本尊、地蔵菩薩
移し寺、徳島県霊鷲山(りょうじゅさん)鶴林寺
ご詠歌、しげりつる鶴の林をしるべにて
    大師ぞいます地蔵帝釈
   








 相馬霊場保存会指導者高橋栄勝師記念碑が大師堂の傍らに建っています。
 通勤する人々の通り道で、取手駅は目の前です。


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 新四国相馬霊場第31番






井野天満宮
祭神は菅原道真
御本尊、十一面観世音菩薩
移し寺、高知県五台山竹林寺
御詠歌、南無文珠三世の仏の母ときく
    我も子なれば乳こそほしけれ








地元の方々が植木を守っている

 災難除け、風邪除けと二種類のお札がありました。風邪の神の木造像が祀られた小堂が並んでいます。
 御詠歌も掲げられています「このかどを除けてとうれよ風邪の神 大師すがたのあらん限りは」とあります。
 天満紳社の祭神は菅原道眞公で、室町末期の天正元年(1573)二月二十五日、道眞公が昇殿された日に京都北野天満宮より分霊してお祠したとあります。
 庭の梅が咲頃、井野を見渡す景色がよい。弁財天、稲荷大明神、石尊大権現、八幡宮等の石碑が集め置かれています。梅林があり春先に訪れる人も多い。
 
  昭和50年代後半の聞込み話(取手市史民俗編Ⅱより抜粋)。
 「天神様の所にある31番は家の所にもあったんだよ。イトーヨーカ堂入口前に二間四方の阿弥陀堂があって、そこに31番があったんだな。
 だけど年寄らが片しちゃったんだよ。家の方が本山だったんだよ。天神様の方は欠け所だったっていうんだよね。だけど、境内がいいでしょ、本山にみえるよね。」
 イトーヨーカ堂は「片倉ショッビングプラザ」ビル内にありました、取手駅から台宿坂上り口手前左側でした。
 「片倉」とは「片倉紡績取手工場」で製糸工場でした。


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 新四国相馬霊場第61番






  万蔵院址地(廃寺)の大日堂
御本尊、大日如来
移し寺、愛媛県栴檀山香園寺(こうおんじ)
ご詠歌、のちの世を思えばまいれ香園寺
    とめて止らぬ白滝の水
    










 大龍権現といわれ井野、桑原、台宿、青柳、吉田地区の総鎮守でした。
 すりこ木が奉納されています。すりこぎで、痛い箇所を叩くと痛みが無くなると言われ、完治した時には、新たにすりこぎを奉納してお礼参りをする、習慣がありました。
 この小堂の道を更に行くと「本多作佐衛門」の墳墓「御墓山」があります。


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