相馬霊場第16番,64番


 新四国相馬霊場第16番





 戸田井白山神社境内の観音堂
 御本尊、十一面観世音菩薩(東谷寺に現存)
 移し寺、徳島県光耀山観音寺
 御詠歌、 忘れずもみちびき給え観音寺
    西方世界弥陀の浄土へ








 
 後ろに「閻魔さま」と「戸田井の赤鬼婆」が居ます。閻魔大王は、ご存知の通り「死後の世界の大王」であり、仏教界では地蔵菩薩の化身と言われています。
 子供の頃に「嘘をいうと、閻魔さまに舌を抜かれるょ」といわれ、閻魔さまの恐ろしい形相の顔立ちに怖がりました。
 「戸田井の赤鬼婆」は、像が真っ赤に塗られていた為に赤鬼とついた「脱衣婆ァ」です。死後の世界では「三途(さんず)の河原」(賽の河原ともいう)があり、この川を渡らなければなりません。着ていた物は、脱衣婆ァに預けて川を渡ります。
 < 戸田井の赤鬼婆伝説 >
 ある夜、近くに住んでいた男は酒に酔い、夜道を帰宅途中に赤鬼婆のある小堂の前で鬼婆像に対して「お前のような恐ろしい婆がいるから、だれも、この道を避けて通らない」とののしり自宅に戻りました。 よく朝、男の家はまる焼けとなり、赤鬼婆ァにお詫びに行ったそうな。
   取手市史より





 新四国相馬霊場第64番






   西光院(廃寺)
 御本尊、阿弥陀如来像は、東谷寺にあります
 移し寺、愛媛県石鎚山前神寺
 御詠歌、前は神うしろは仏極楽の
    よろずの罪をくだくいしづち
 








 
  昨夜は雪、朝遅くになって、やっと自然の金色の光を受けていた。昨夜はさぞかし寒かったのでは・・・。
 西光院は1722年永信の開祖であったが本堂はない。西光院は、明治六年に住職が教師となり寺子屋でした。現在戸田井集会所になっている。
 霊場札所の後方に元禄期の十五夜塔と宝暦期の廻国塔があります。また、閻魔大王と脱衣ババァの木像が仲良く堂内におられます。
 一段と高い所に、白山神社が鎮座しています、本殿は鳥避けの為に金網で囲まれていますが立派な彫刻を伺うことが出来ます。
 白山神社の祭神は白山姫命で、歯痛に御利益があるようです。特に向背部の龍は、柴又帝釈天の彫刻寺や取手八坂神社を手掛けた名工、後藤縫之助が無名であった若い頃に、相馬霊場にお遍路に来られた時、村長が彫刻を依頼したと云われています。
 後藤縫之助については、下記をご参照下さい
 小文間に残した後藤縫之助の彫刻
 
 【 戸田井の渡し 】
 戸田井橋が無かった頃は、橋の下流袂に「船宿伊勢屋」があり、千葉県我孫子市布佐まで渡した舟着場が今でもあります。
 「布川の渡し」布佐-布川(吉田)-戸田井の3ヶ所を渡していた「三角渡し」、戸田井橋が架橋されても小文間と江蔵地(布佐)を渡していた「お遍路の渡し」は昭和40年頃までありました。
 短い舟旅でしたが、宿から振舞われた「佃煮弁当」は美味しかったそうです。伊勢屋さんはお店を閉めてしまいましたが、居住されています。
 元伊勢屋さん宅には、今でも文久二年(1862)六月新吉原の遊女屋中万字屋弥兵衛と正妻てう、それに世話人伊勢屋源助によって寄進された常夜燈が現存しています。
 また、40~50人が乗船出来たという渡し舟用の、長さ3mもある「舟の櫓(ろ)」、更に高さ1mにも及ぶ、大きな「講看板」や大店の「看板」が、処狭しと並べられていました。
 船宿は、先代の二代目の源助さんが昭和39年まで続けられました。最盛期には、77人ものお遍路さんを泊めたそうです。
 常夜灯は夜道を常に照らす灯で、街道筋の宿屋の存在を知らせる役割も担っており、戸田井の船宿に存在した昔は、取手宿に匹敵するほどの賑わいがあった為と思われます。
   
 小文間には、東谷寺下の神の浦に「神出(かみだ)しの渡し」の存在が、近年、吉田の古民家より発見され立証されました。
 明治期以降に於ける相馬のお遍路さんは、この「神出しの渡し」で小文間と布佐の江蔵地(えぞち)、または古戸とを渡した様子を記述しています。
 「神出し」とは「神の出し」と思われ「出し」とは「船着き場、川下に突出た桟橋」という意味があり「戸、津、湊」をいいました。神の桟橋ですかね。
 「お~ぃ!舟を出してくれ~」と呼ぶと船頭さんが出て来たそうです。
 
 なぜ相馬霊場巡りのお遍路さんは、戸田井橋が出来ても小貝川の向い布川(利根)へは行かずに布佐へ行ったのか。
 相馬霊場祈願寺の長禅寺境内にある、第五番札所に関連し、布川の徳満寺に相馬札所五番の建立が果たせなかった為、が巷の噂のようでした。
 第5番受入拒否論の布川に相馬霊場が無いので行く必要がなかった、または渡船だけで楽に布佐へ行かれた為。これ等の理由で充分でしょう。
 更にもう一つ、三十年後に徳満寺主願で「布川八十八ヶ所」が建立されました。観音霊場を含め日本全国に新しい霊場が出来ていた頃でした。
 隣接する霊場札所の問題が起きてもおかしくない筈です。寺社が絡む問題にもなります、ここに暗黙の了解「既に完成している霊場地は侵害しない」
 ただし、大師霊場と観音霊場では「暗黙の了解」が別のようです。地元の霊場を大切にして欲しいです。   2011/11/06 追記
 


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