新四国相馬霊場第51番






曹洞宗祝融山法岩院、俗称「田寺(たでら)
御本尊、釈迦如来
移し寺、愛媛県熊野山石手寺
ご詠歌、 西方をよそとは見まじ安養の
  寺にまいりて受くる十楽  






    

近くの古利根の辺に中峠城址(古くは芝原城という)がある、
 戦国時代の武将河村出羽守勝融の居城でした。
 河村出羽守により開基されたのが法岩院で出羽守の墓が残っている。
 河村出羽守勝融とは後北條配下の豪族で小田原城の戦一五九〇年で豊臣軍に敗れました。
 中峠城もまもなく落城し城主の家臣で城代であった、林伊賀守順道は城主の妻子の先途を見届けたあと、従士三十二人と共に自刀し悲運をとげた。
 順道塚が当寺から東方の竹薮の中に残っています。

【中峠】なかびょう、峠を「びょう」という「とうげ」と同意語です。
「びょう」の名付け主は河村出羽守と聞くが…。





 

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