新四国相馬霊場第9番






取手市小堀(をほり)の龍頭山常円寺(空寺)、
御本尊、不動明王、慈覚大師造
移し寺、徳島県正覚院法輪寺
御詠歌、大乗のひほうもとがもくつがえし 転法輪の緑とこそきけ










 小堀と記して「おおほり」は取手市です、利根川の西側(我孫子市)に飛地してますが利根川の流れ方が昔と変わった結果です。
 明治初期の頃は葛飾群(相馬郡)井野村といわれていました。水害対策のために川の直線化が行われました。
    
地名の小堀は、小さな堀が沢山あり、小さな堀を一まとめに呼ぶ「多くの堀」が「おおほり」という仮説がある様です。
 
銚子から利根運河(柏~野田)を経由して江戸川を下り東京へ、又、水海道から鬼怒川を経て東京へと定期船が運行していました。
 江戸時代の取手はこの小堀が河岸として栄え、町の中心地でもありました。明治29年鉄道の開通で水運は衰退はじめました。
 古利根湖となった利根川は釣りの名所となり、小堀一帯は里山の風情を今も残している取手市です

取手の渡し」ば札所前の道を利根川土手に向かうと、河原に渡し場があるので取手市側に渡る事が出来ます。
大利根橋が出来るまでの「取手の渡し」は大利根橋のやや上流側りました。

    

【常円と小堀】

 小田原城と共に佐倉城も落城し、病床にあった千葉重胤は守護神である不動尊像を、一宇を設け国家安泰と成すよう椎名右京亮(すけ)に遺言し落命した。
 右京亮は名を常円と改め千葉家菩提巡礼の旅に出ました。
 ある年、小堀に疫病が流行し常円が不動尊像を尊したところ不動尊像を拝んだ村人は報われました。
 村人は小堀には鎮守が無く尊像を迎えることを願い、明暦元年(1655)常円は常円寺を開基したと云われています。





 

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