相馬霊場第42番、59番



 新四国相馬霊場第42番






真言宗豊山派大光寺
御本尊、不動明王
移し寺、愛媛県一果山佛木寺
ご詠歌、草も木も仏になれる仏木寺
    なおたのもしき鬼畜にんてん









 開山開基は不詳ですが北小金の本土寺過去帳に「延寿二年(1490)」の記録が有り、創建は室町時代だったようです。
 我孫子宿の中心にあったため宿場の発展と共に栄えました、しかし文化二年(1805)と文政三年(1820)の両大火で罹災し建造物の古文書をすべて焼失してしまいました。
 本堂は仮堂のままでしたが、聖天堂は文化七年(1810)に再建され、その後、嘉永四年(1851)に高野山から夢告大師像を迎え、安政三年(1856)には「御衣、御袈裟、御念珠の三品」が授与され厄除け大師としての信仰参詣が広まりました。
 須弥檀中央の夢告大師像の両脇には此岸(現世)で極楽往生を説く釈迦と観音、彼岸(来世)で往生した者を迎える阿弥陀と勢至が向き合う遣迎二尊像として珍しい配置で祀られていました。現在は通常の配列です。
 


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 新四国相馬霊場第59番






自性山興陽寺
御本尊、薬師如来
移し寺、愛媛金光山国分寺
ご詠歌、守護のためたててあがむる国分寺
   いよいよめぐむ薬師なりけり









 開山大凉玄樹和尚、開基山高八右衛門(檀家)、天正八年(1580)遷化によるの草創建立。大師堂は安永四年(1775)に創設、流れ造りの向拝付きという、古い形を留めた造りで残っています。
 薬医門の脇に、不詐竃酒入山門の石塔があります、意味は・・竃酒(くんしゅ、清浄な境内への立入り制限で臭者や飲酒者の意)
 【お詫び】境内の拈華微笑像については、説明が長文の為、下記「該当コース資料閲覧」我孫子コースをご参照のほどお願いします。
 


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