新四国相馬霊場第58番






布佐都の観音堂
御本尊、馬頭観音菩薩、開帳は4月21日
移し寺、愛媛県作礼山仙遊寺

ご詠歌 たちよりて作礼の堂に休みつつ 六字を唱え経を読むべし

 布佐の利根川では鮭漁が行われ名産であったという、
今でも網代場(あじろば)という地名が残っています。
 観音堂の後ろの道を「なま街道」といいます、
江戸へいち早く鮮魚を運ぶ街道で柏、松戸を経由して
翌日には江戸へと陸路の運送に利便をはかった街道でした。

 小文間への渡し(お遍路の渡し)の舟付場があった
所で、戸田井橋が出来てもお遍路さんは利根町へは
行こうとしなかったようで昭和三十年代まで運行していました。

 【観音堂落慶の様子】
 昭和34年の観音堂新築落慶には、東京魚河岸の大きな支援
があったそうです。
布佐河岸と相馬霊場は水運が盛んであった時代では、大都市江戸
との繋がりが重要であり、その経済効果が布佐の繁栄をもたらし
たのでした。

鮮魚(なま)街道を歩いた記録と詳細説明




 

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