相馬霊場21番,37番

 新四国相馬霊場第21番






      大正四年竹内神社から移し
御本尊、虚空蔵尊
移し寺、徳島県舎心山太龍寺
ご詠歌 太龍の常に住むぞやげに岩屋
    舎心聞持は守護のためなり
 






 
 勝蔵院墓地内の高台にあり布佐の町並みを一望できます、隣の布佐中学校のその先に竹内神社の森がみえます。21番はこの竹内神社にあったものです。
 我孫子市布佐の竹内神社の横に布佐小学校があり柳田国男が教鞭を揮った学校です。また、英文の日露戦争戦勝記念碑があります。
 竹内大明神として698年創建、日本武命、天迦具土命、武内宿弥命を祭り940年武内社と名のる、その後の天変地異により1953年、現在の地に竹内神社として鎮座しました。
 毎年9月14日15日16日の3日間が祭礼ですが、下総における最大のお祭りで、山車が4台に神輿がかつがれ、参堂の狭い道で夜半まで行われるお祭りは、感深い日本人の気迫で圧倒される思いに感激してしまうでしょう。





 新四国相馬霊場第37番






      西光山勝蔵院 御本尊、聖観世音菩薩
移し寺、高知県藤井山岩本寺
ご詠歌、六のちり五つのやしろあらわして
   深き仁井田の神の楽しみ
 






 
 第21番との両札所のある勝蔵院は、再三の火災により記録が失われていて創建時ははっきりしないが、地方の古刹として名高い。
 歴代住職の墓の最古は、延宝三年(1675)となつています。当時の名主を勤めた小山家の墓もあり、また、大師堂のある裏山入口には「和田氏墓」もあり歴史の古さがうかがえます。
 


ICON 参加者配布資料




地図画面に戻る
場合は、ここから
 ICON
スマホ使用時は
"<"で前頁に戻る